行動経済学は死んだのか!?行動経済学の再現性とその現状に迫る!

以前、世界的な騒動になったエッセイが公開されました。

著者は、Jason Hreha(ジェイソン・フレハ)さんという方なのですが、行動科学の実践側の第一人者とされる人です。アメリカ最大の小売りチェーン・ウォルマートで、行動科学チームのグローバルトップを務めていらっしゃる方です。

彼が書いた「行動経済学の死」という記事が世界で反響を呼びました。

フレハさんは、
「行動経済学は死んだ。その主要な発見は何年も再現に失敗している。その中核的アイデアである『損失回避バイアス』にもろくな再現性がない。僕自身、実際マーケティングキャンペーンで研究したから知ってるんだ」
という趣旨のことを言っていたようです。

損失回避バイアス」とは、利得よりも損失の方を大きく評価する心理的傾向のことで、別の記事でも解説しております!

あわせて読みたい
【知らないと損!】損失回避の心理「プロスペクト理論」とは?行動経済学の基礎の基礎を解説! プロスペクト理論(prospect theory)は「人は損失を回避する傾向があり、状況や条件によってその判断が変わってしまう」という意思決定に関する理論です。 Prospectと...

彼は、行動科学(行動経済学を含む、様々な人の行動や心理に関する科学的知見)を使ってマーケティングに応用するという仕事をしていました。そりゃ、アメリカ最大の小売りチェーン・ウォルマートで、行動科学チームのグローバルトップをしているような人ですもんね。

彼はウォルマートでの自身の経験に加え、アカデミアでの実際の現状を踏まえつつ、行動経済学ってのは再現性が高くなく、効果も弱いということで、行動経済学をそんなに過信しちゃいけない、この学問はまだ限界があるんじゃないかなという意見のようです。

行動経済学は、経済学と心理学の統合によって人々の意思決定や行動パターンを理解する学問です。プロスペクト理論などが有名な例ですね!

あわせて読みたい
【知らないと損!】損失回避の心理「プロスペクト理論」とは?行動経済学の基礎の基礎を解説! プロスペクト理論(prospect theory)は「人は損失を回避する傾向があり、状況や条件によってその判断が変わってしまう」という意思決定に関する理論です。 Prospectと...

長らく注目を浴びてきた行動経済学ですが、最近では再現性の低さや研究結果の信頼性に疑問が投げかけられています。

そこで本記事では、行動経済学の再現性の問題やその現状について探ってみましょう。

目次

行動経済学の概要

行動経済学は、人々の行動を合理的な判断だけでなく、心理的な要素も考慮して解釈する経済学の分野です。

これまでの経済学のモデルでは、人々は合理的に最適な選択をするとされてきましたが、行動経済学はそれに疑問を投げかけ、人々の行動が実際には非合理的であることを指摘しています。

経済学は「人は合理的に行動する」ということを前提に構築された理論体系です。

あわせて読みたい
主観的幸福感を高める!経済学はもともと幸福を追求する学問? 幸福の経済学という分野が10年ほど前から盛んに研究されるようになっています。 幸福の経済学は、1970年ごろからヴァン・プラーグなどによるライデンアプローチが研究し...

つまり、「人間は損する選択はしないし、得する選択をする」というのが前提にあります。

一方で、行動経済学は「いや人間は非合理的に行動する。損する選択もするし、得する選択をしないこともある。それも、偶然非合理的に行動するのではなく、決まった傾向(バイアス)で非合理に行動する」と主張しています。

この主張は経済学の前提を覆すことになりますよね。
結局、プロスペクト理論や損失回避などの行動経済学の根幹をなす理論を組み上げたカーネマンとトゥヴァルスキーは世界に認められ、カーネマンはノーベル経済学賞を取りました。

行動経済学の再現性の問題

しかし近年、行動経済学の再現性の問題が浮上しています。

再現性とは、同じ実験や研究を他の研究者が同じ結果を得られるかどうかを示す指標です。

行動経済学の一部の研究は再現性が低く、同じ条件下での再現実験が成功しないことが多いとされています。これにより、一部の学者や研究者からは行動経済学の信頼性に疑問が投げかけられています。

その一つが、フレハさんが書いた「行動経済学の死」という記事でした。

フレハさんの「行動経済学の死」の10年ぐらい前には、神経経済学がブームになり、意思決定をする人間の脳の活動を調べる研究がありました。脳の中に他人を思いやる仕組みがあれば、経済学が今まで言ってきたことは間違いだということになり、これは行動経済学を後押しするような流れでした。

ただし、経済学からすれば、それは社会全体の動きと何の関係があるのか、となります。
わざわざ一人一人の脳まで調べなくても、社会全体の問題は解決できるという主張に対し、一人一人の判断が分からなければ、社会全体のモデルは作れないという反論がされます。

さらに2015年頃から、心理学の典型的な実験結果の大部分が再現できないと指摘されました。多くの科学者からなる「オープン・サイエンス・コラボレーション」が再試験をすると、3~4割ほどしか再現できなかったのです。

この流れで、行動経済学でも再試験が実施されるようになります。
すると、行動経済学の典型的な研究においても6割ほどしか再現できませんでした。さらに、ダン・アリエリーさん(編集部注:日本でも大ベストセラーになった『予想どおりに不合理』の著者)自身がデータをねつ造するようなことが同じ時期にありました。

つまり、行動経済学の理論的な土台の部分にも論争があった中で、唯一の強みであった実験にも、ねつ造や再現できない問題があったということです。

行動経済学は再現性皆無、カーネマンやトゥヴァルスキーもチェリーピッキング(自説に都合のよい根拠だけを選び取り、提示すること)していて、鉄板と思われていた損失忌避すら怪しく、ナッジ理論なんて現実ではほとんど効果がない、というような雰囲気になっていきます。

あわせて読みたい
ナッジ理論とは?ビジネスや組織強化、マーケティングへの応用を徹底解説! 「ナッジ理論」という言葉を聞いたことはありますか? ナッジ理論とは、人間の心理に基づき近年アメリカで生まれた行動経済学の理論のことを指します。 ナッジとは、英...

行動経済学の影響は小さい!?

行動経済学による介入の現場への影響というのは極めて小さいことことも、指摘されています。

もっとマーケティングの仕掛け的に効くものはたくさんある中で、いわゆる行動経済学的な、ナッジみたいなものは、ほんのわずかな効果ありません。そしてそれはまた今日、学術的にも検証されるようになってきてしまっています。

論文というのは、一般的に効果がありました、というものしか基本的には採択されません。
「この効果はありませんでした」という論文はなかなか出てこないのです。最近ようやく「この実験は失敗しました」っていうのも、ちゃんと発表するようになったくらいです。

再現性の低さの要因と批判

行動経済学の主要な発見事実というのは、もうしばらくずっと再現性を得るのに失敗していると、条件を変え様々に変えた環境だと効果がないっていうことが、論文として検証されてしまっているということが、問題となってしまったようですね。

行動経済学の再現性の低さには、いくつかの要因が関与しています。

一つは、実験の複雑さや被験者の異質性によるものです。
行動経済学の研究はしばしば実験を伴うため、被験者の個人差や文化的な要因が結果に影響を及ぼすことがあります。また、再現性の低さは研究者のバイアスやパブリケーション・バイアス(研究結果の偏り)なども関与していると指摘されています。

しかし、フレハさんの「行動経済学の死」の主張に対しては、「この記事で扱ってるのなんて行動経済学の本流じゃない」といった行動経済学者からの反論も出ています。

その一人がAlex Imasさんだ。Imasさんは行動経済学の助教授(Assistant Prof)をやってる人らしいです。

彼は、「行動経済学が死ぬ」という点では、ImasさんはHrehaさんに同意しているようですが、その理由については見解が異なります。

Imasさんの考えでは、行動経済学の数々の発見は再現性があり、有用で、経済学のさまざまな分野に取り込まれていくので、行動経済学はやがてゆっくりと消えていく、とのこと。

また、損失回避は何千回も再現したと主張しており、その根拠として以下の2つの論文を挙げています。

あわせて読みたい
サンクコスト(埋没費用)とは?サンクコストやサンクコスト効果に惑わされないために サンクコストとは、すでに支払ってしまってどうやっても回収ができない費用のことです。 例えば、投資をして工場を建てて操業を始めたが、うまくいかず撤退・廃業しよう...

行動経済学の死亡宣言は早計か?

このように「行動経済学は死んだ」との声も聞かれますが、それは早計な結論かもしれません。

再現性の問題や批判がある一方で、行動経済学は依然として多くの研究分野で活発に研究が行われています。また、行動経済学の理論や実践は実世界での政策決定やビジネスの改善にも活用されており、その効果が実証されているケースもあります。

損失回避バイアスに対する、さまざまな異論・反論・疑義に答えられるように、多様な被験者の多様なデータを集めて分析しているものもあります。
多様な被験者が重要な理由としては、たとえば「被験者が学生だったからじゃないの?」「被験者にとって高額すぎる損/得金額だったからじゃないの?」など、さまざまな批判に対応するためです。

また「損失回避バイアスは、単に現状維持バイアスが損失回避という形で現れただけじゃないの?」という批判もあり、それに答えるため、「何が原因で損失回避バイアスが生じているのか?」の分析も行われています。

科学というものは相互の高い批判によって発展をしていくものなので、批判をする・批判がされるということは望ましいことです。

実験などを通じて、その現象が実在するかどうか検証する実証科学というものは、そもそも極めて限定的な状況のもと、ごくコントロールされた条件のもとで、確率的に再現されるものです。

すなわち、例外事象というのを必ず含んでいるものです。
これは、行動経済学だけに言える話ではなく、例えばいわゆるモチベーション理論、組織行動論のような分野にも言えます。マーケティングの消費者行動論や戦略論のイノベーターのジレンマなど、いかなる理論と呼ばれるものも、何でもかんでもこういう条件が揃ったときに発動される、というのが社会科学の理論というものです。

実験室の中で本当に綺麗に条件を整えたときだけ成立するのが、理論というもの。

実際、損失回避バイアスにはさまざまな原因が考えられ、もし、それらの原因だけで損失回避バイアスを説明できてしまうのなら、そもそも「損失回避バイアス」ではなく、もとの原因の方で説明できてしまいます。

カーネマンらのプロスペクト理論を、4089人、19の国と13の言語を話す被験者で再現するか調べた論文もネイチャーに載っています。こちらは結果として、用意した項目の94%で再現し、100%の国で再現したようです。

つまり、損失回避バイアス自体には再現性があり、未来予測や現状認識や適切な意思決定などの別のことには使える可能性があります。

あわせて読みたい
【知らないと損!】損失回避の心理「プロスペクト理論」とは?行動経済学の基礎の基礎を解説! プロスペクト理論(prospect theory)は「人は損失を回避する傾向があり、状況や条件によってその判断が変わってしまう」という意思決定に関する理論です。 Prospectと...

フレーミングと損失回避バイアスの違い

フレーミングというのは、ものの見方を変えるだけで、心理学的な効果が変わる現象のことを指します。

よくある例で、飛行機事故で「乗客の半分が死んだ」と聞かされるのと「乗客の半分が生き残った」と言うのとでは同じ現象を指していますが、与える心理学的な効果は異なりますよね。

そのため、損失回避バイアスが働かなかったせいじゃなく、単にフレーミングが上手くいかなかっただけということもあり得る。

そもそも、学問における心理現象の再現性の話と、それが実際に役に立つかというのは別の話です。

マーケティングというのは、いろんな手法があって、それらのことを総合的に組み合わせないと、良いマーケティング策となりません。

行動経済学を理解して人間の微妙な心理を理解して、それを少しプライシングに反映させたからって、それ自体が持つ効果というのは、他の効果に埋もれてさほど大きくないというのも妥当な見方なのではないでしょうか。

あわせて読みたい
経済学的におすすめのプレゼント・贈り物とは?科学的におすすめの彼女のプレゼント、彼氏のプレゼント... あなたは彼女のプレゼントや彼氏のプレゼント、あるいは親のプレゼント、上司のプレゼント、友人のプレゼント、お歳暮やお中元になにを贈っていますか? 好きな人へのプ...

まとめ 行動経済学は死んだのか

行動経済学の再現性の低さや研究結果の信頼性には問題がありますが、それが行動経済学の完全な終焉を意味するわけではありません。

全ての社会科学がそもそもそういう性質のものだからです。

行動経済学だけを再現性がないじゃないかと批判するのはお門違いであって、そもそもそれって社会科学って本来的にどういうものなのかを考える必要があります。

再現性の問題に取り組むための改善策や統計手法の開発も進んでおり、行動経済学の発展が期待されています。初心者にとっても、行動経済学の基本的な概念や実践の重要性を理解することは有益であり、将来の学びや応用に役立つでしょう。

行動経済学の学習は投資において効果的と言えます。
行動経済学は人々の意思決定や行動パターンに影響を与える心理的な要素を理解するための枠組みを提供します。
投資においては、感情的な判断や誤った思考パターンがリスクを高めたり、利益を逃したりすることがあります。

行動経済学の知識を持つことで、自身の感情やバイアスに気付き、それに基づいた意思決定を避けることができます。また、行動経済学の理論や実践を活用することで、市場の非効率性を見つけ出し、投資機会をより効果的に活用することが可能です。短期的な市場変動に左右されず、合理的な判断を下すことで、より持続的な投資成果を得ることができるでしょう。

ネット証券会社最大手のSBI証券は、手数料の安さと金融商品の豊富さに定評があり、国内株式個人取引シェアNo.1の実績があります。

この機会にぜひSBI証券公式サイトをチェックしてみてください。

\ 株式取引シェアNo.1! /

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

シェアして知識を定着させよう!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

株式会社シュタインズ
「テクノロジー×教育の研究開発」を事業の基盤に、現在は金融教育サービス事業「Moneychat(http://moneychat.life/)」の企画と開発を進める。

目次