個人が資産運用を考える際、現在の明確な財産や負債だけでなく、将来の潜在的な資産や負債も視野に入れることが大切です。
この時に役立つのが「人的資本」と「ライアビリティ」という二つの概念です。それでは、この二つについて詳しく見ていきましょう。
人的資本とは? 将来の収入を資産として考える
人的資本とは、将来にわたって得られる収入を現在価値で評価したものです。
簡単に言うと、「自分自身がどれだけ稼げるか」を現在の価値で換算したものと考えるとわかりやすいでしょう。よく「サラリーマンはカラダが元手」という言葉が使われますが、これは多くの人が自分の働きで得られる収入、つまり人的資本を持っているという意味です。
たとえば、30歳のサラリーマンが今後も働き続けて生涯に得られる収入が2億円だとします。ただし、将来の収入をそのままの額で考えるのではなく、金利やリスクを考慮して現在価値に直すと、1億円になると見積もることができます。これがその人の「人的資本」です。
人的資本と金融資産のバランス
人的資本の特徴として、サラリーマンの場合、毎年の収入が比較的安定していることから、人的資本は「債券」のような性質を持っています。一方、株式投資などで持つ「株式」は、リスクが高いものの大きなリターンが期待できる資産です。
たとえば、30歳のサラリーマンが150万円の現金、300万円の株式を持っている場合、表面的には株式の割合が高いように見えます。しかし、人的資本を含めて考えると、彼は1億円の安定した「債券」と300万円の「株式」を持っているのと同じことです。このように、自分の人的資本を考慮することで、リスクの取り方が変わってくるのです。
若い時にリスクを取る理由
よく「若いうちはリスクを取って投資すべき」と言われる理由は、実は「人的資本が安定しているから」なのです。長期投資によってリスクが小さくなるという一般的な考え方もありますが、人的資本を大きな資産と捉えると、若い人が株式などのリスク資産を多く持っても全体のリスクは比較的少なくなります。
たとえば、若くて健康であれば、将来にわたって安定した収入を得られるため、株式などでリスクを取ったとしても、人的資本がそのリスクをカバーしてくれるという考え方です。
年齢とともに変わる人的資本
ただし、人的資本の価値は年齢や健康状態によって変動します。若いうちは将来得られる収入が多いため、人的資本も大きく安定していますが、高齢になると収入を得られる時間が短くなり、人的資本の価値も下がります。また、健康のリスクも高まるため、人的資本の安定性も減少します。
一方、高齢者は、一般的に若い人よりも多くの金融資産を持っている傾向があります。老後のために蓄えた金融資産や不動産などの実物資産が、人的資本の減少を補う役割を果たします。
ライアビリティとは?将来の支出を「負債」として考える
個人の資産運用を考える際には、資産や稼ぎだけを見れば良いわけではありません。生活を続けていくためには、食べるための食費、住むための住居費、さらには家族を養うための費用など、様々な支出が必要です。また、仕事だけでなく、趣味やレジャーのための支出も考慮しなければなりません。これらの将来の支出も資産運用においては重要な要素です。
こうした将来に必要なお金を「ライアビリティ」として考えることが役立ちます。ライアビリティとは英語で「負債」や「責任」を意味する言葉ですが、ここでは将来的に必要な支払い全般を指す概念として使います。
ライアビリティは「伸縮性」があるが、見積もりには注意
ライアビリティにはある程度の伸縮性があり、生活レベルをどうするかによって大きく変わる部分もあります。例えば、生活を質素にすれば支出は抑えられますが、生活の質を急激に落とすことは現実的には難しいでしょう。そのため、将来必要なお金をあまりに楽観的に少なく見積もるのは危険です。
高齢者の場合、ライアビリティは一般的に小さくなります。子供が独立している、住宅ローンが完済している、といった理由で支出が少なくなることが多いからです。そのため、一定の金融資産を持っていれば、リスクを取って投資する余裕が出てくることがあります。
資産とライアビリティのバランスを考える
例えば、高齢者が5億円の金融資産を持っており、今後の生活に必要なのが2億円だとしたら、残りの3億円を株式に投資しても生活に大きな影響はないと考えることができます。3億円を全額株式投資に回したとしても、短期間でその資産が大きく減少するリスクは限られており、生活費には支障が出ないでしょう。
このように、ライアビリティが小さくなっている高齢者は、比較的大きなリスクを取ることが可能です。たとえば、年金収入で生活費を十分にまかなえる場合、保有している金融資産に関しては、より積極的にリスクを取る投資を検討する余裕が生まれます。
若い世代と高齢者の違い
一方で、若い世代はまだ人的資本が大きく、将来の収入が期待できる反面、ライアビリティも大きくなります。家族を養うための費用や、住宅購入・教育費など、これからの人生で多くのお金が必要となるためです。このため、若い世代はライアビリティを考慮しつつ、無理のない範囲でリスクを取ることが求められます。
高齢者の場合、稼げる時間が短くなるにつれて人的資本の価値が減少しますが、その分金融資産を活用して、リスクを取った運用を行う余地が増える場合が多いです。このように、ライアビリティは年齢や生活状況によって変化するため、資産運用においてもその変化に応じた対応が必要です。
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まとめ:人的資本とライアビリティを考慮した資産運用
個人の資産運用を考えるとき、自分が持っている「人的資本」と「ライアビリティ」を意識することは非常に重要です。これらの概念を理解することで、資産運用の計画がより見通しやすくなります。
まず、ライアビリティ(負債)は、将来的に必要となる支出を表し、それに対して人的資本や金融資産などのアセット(資産)をどのように活用するかを考える必要があります。金融機関が行う「アセット・ライアビリティ・マネジメント(ALM)」と似たような感覚で、個人も自分の資産と負債のバランスを意識することが重要です。
若い世代は人的資本が豊富で、将来の収入が期待できるため、比較的高リスクの投資に挑戦する余裕があります。一方、高齢者は人的資本が少なくなるものの、ライアビリティも縮小するため、金融資産を活用してリスクを取ることが可能です。
とはいえ、全員に適した運用方法があるわけではなく、個人差があります。大切なのは、自分のライアビリティに見合った資産運用を行い、生活に過度な影響を与えないようにすることです。たとえば、生活費を十分に確保したうえで、余裕資金を内外の株式に投資するのも一つの方法です。
結局のところ、資産運用では自分の状況に合わせたリスク管理が鍵となります。人的資本とライアビリティを正確に把握し、それに基づいた投資戦略を立てることで、より安定した運用が可能になるでしょう。