デジタル赤字が増えると日本経済に悪い?

最近、ニュースなどで「デジタル赤字」という言葉をよく耳にするようになりました。

これは、国の収支の中でデジタル関連サービスの赤字が増えている状態を指します。特に、近年この赤字幅が急速に広がっていることや、日本のデジタル競争力の弱さを象徴するとも言われているため、多くの人が気にしています。

では、このデジタル赤字が本当に日本経済にとって「悪いこと」なのでしょうか?

この記事では、国際収支統計や輸出競争力のデータをもとに、このデジタル赤字が意味すること、そして日本がこれからどう進むべきかについてわかりやすく解説します。

目次

デジタル赤字とは?

デジタル赤字とは、海外に対するデジタル関連サービスの収支が赤字になっている状態を指します。

たとえば、動画配信サービスやクラウドサービスなど、私たちが日常的に利用しているデジタルサービスの多くが海外企業によって提供されています。日本がこれらのサービスを使う際に、海外に支払う費用が収入よりも多くなると、デジタル赤字が拡大します。

本当に悪いことなのか?

一見、赤字というと悪いイメージがありますが、必ずしもそうとは限りません。デジタルサービスは、現代の生活やビジネスに欠かせないものです。海外の先進的なサービスを利用することで、企業や個人の生産性が上がったり、新しいビジネスチャンスが生まれたりすることもあります。

また、デジタル赤字が広がっているのは、日本の企業や消費者が積極的にデジタルサービスを利用している証でもあります。これ自体は、経済活動の活発さを示す良い面もあるのです。

本当の課題とは?

デジタル赤字の増加自体が悪いわけではありませんが、その背後にある日本の課題に目を向ける必要があります。

それは、日本のデジタル競争力の弱さです。海外のデジタルサービスに頼る状況が続くということは、日本国内でのデジタル産業の成長が十分でないことを意味しています。

例えば、海外のIT企業が提供するサービスを使う一方で、日本企業がグローバル市場にデジタルサービスを提供している例はまだ少ないのが現状です。つまり、デジタル赤字の拡大は、日本のデジタル産業がまだ成長の余地を十分に活かせていないことを示しています。

10年で2倍以上に拡大したデジタル赤字

日本の国際収支における「デジタル赤字」は、年々拡大しています。

日本銀行のレポートによると、2023年のデジタル関連収支は▲5.5兆円の赤字となっています。これは2014年の▲2.1兆円と比べると、10年間で赤字額が2倍以上に拡大したことになります。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA078IP0X00C24A2000000/

デジタル赤字の規模はどれくらい?

このデジタル赤字が日本経済全体にどの程度の影響を持つのか、気になりますよね。

2023年の財貿易(モノの輸出入)の収支と比較してみましょう。

日本は、海外から輸入に頼っている原料品(非鉄金属鉱や鉄鉱石など)で▲5.6兆円の赤字を抱えていますが、デジタル赤字はこれとほぼ同じ規模なのです。また、インバウンドによる旅行収支の黒字(+3.6兆円)よりもデジタル赤字は大きく、今や日本経済にとって無視できない規模にまで拡大しています。

なぜデジタル赤字が拡大したのか?

デジタル赤字が拡大した背景には、GAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)といった海外の大手テクノロジー企業のサービス利用が日本で急速に増えたことがあります。具体的には、以下の分野で海外企業のシェアが圧倒的です:

  1. OS(オペレーティングシステム)分野:パソコン向けではMicrosoft、スマートフォン向けではAppleとGoogleがほとんどの市場を占めています。OSは著作権に関わるため、日本がこれらのサービスを利用すればするほど、利用料の支払いが海外へと流れます。
  2. インターネット広告:検索サービス、SNS、動画視聴といった分野で、GoogleやFacebookなどのビッグテックが高いシェアを持っています。これらの企業への広告費も、日本から海外への支払いとなり、デジタル赤字に影響しています。
  3. クラウドサービス:Amazon、Microsoft、Googleの3社で、世界のクラウド市場の60%以上を占めています。日本でも同様にこれらの企業のサービス利用が増えており、その利用料が海外への支払いとして膨らんでいます。実際、「通信・コンピュータ・情報サービス」に含まれるクラウドサービスの利用料を見ると、日本からアメリカへの支払いが最大で、2022年時点で1兆円を超えています。また、Googleのアジア拠点があるシンガポールへの支払いも大きくなっています。

デジタル赤字はデジタル化が加速した証にも

では、急速に拡大するデジタル赤字は悪いことなのでしょうか? デジタル赤字拡大の影響を整理してみましょう。

マイナス面:国富の流出やリスクの拡大

まず、マイナスの側面を見てみます。デジタル赤字が拡大することによる影響には、以下の点があります。

  1. 国富の流出:デジタル赤字の拡大は、日本企業が海外に多額の支払いをすることを意味します。これは「国富の流出」となり、日本の経済にマイナスの影響を与えます。
  2. 企業の投資余力の低下:日本企業がデジタルサービスの利用料を海外企業に支払うことで、自社の研究開発や人材への投資に使える資金が減少する可能性があります。
  3. 特定海外事業者への依存リスク:デジタルサービスの多くは海外企業に提供されています。これにより、社会の重要インフラが特定の海外事業者に依存するリスクが生じます。サービスの障害や利用条件の変更などが発生すれば、ビジネスや日常生活に影響を及ぼす可能性があります。また、市場が一部の海外企業によって寡占化されることで、規約や手数料の変更に対して日本国内からのコントロールが難しくなるという課題もあります。

プラス面:デジタル化の進展と利便性向上

一方で、デジタル赤字の拡大にはプラスの側面もあります。重要なのは、赤字の背景に「デジタル化の加速」があるという点です。

  1. デジタルサービスの利用拡大:総務省の「通信利用動向調査」によれば、スマートフォンの世帯保有率は9割を超え、SNSや動画視聴、ECサイトなどの利用が広まっています。これにより、私たちは便利で豊かな生活を送ることができるようになりました。
  2. 企業のクラウド導入進展:企業のクラウドサービス利用割合は2022年に7割を超えています。これは、日本企業がクラウドの利便性を活用し、生産性向上につなげていることを示しています。海外への支払いが増えているのは、このクラウド利用の進展を反映していると言えます。
  3. 海外市場へのアクセス:海外のECサイトのプラットフォームを利用することで、中小企業でも容易に海外市場にアクセスし、販路を拡大できるようになりました。クラウドサービスの利用により、自社でサーバーを整備するコストを抑えつつ、安全性やセキュリティが確保されたサービスを利用できる点もプラスです。

デジタル赤字をどう捉えるべきか?

「デジタル赤字」という言葉だけ聞くと、マイナスのイメージを抱きがちですが、国際収支項目における赤字は必ずしも悪いわけではありません。たしかに、海外事業者への依存などのリスクはありますが、これは日本のデジタル化が進んだ結果でもあるのです。

比較優位性の高い部門とデジタルの融合を図る

海外のデジタルサービスはすでに日本社会に深く浸透しており、すべてを国産に置き換えるのは現実的ではありません。今後、本格的に活用が進むと見られる生成AIにおいても、現時点では米国企業が圧倒的な競争力を持っています。このような状況が続く中、日本の個人や企業がデジタルサービスを活用すればするほど、デジタル赤字が拡大する構造は続くでしょう。そのため、短期間でこのデジタル赤字を解消するのは難しいといえます。

「デジタル赤字の解消」よりも「強みとの融合」を目指す

日本が目指すべきなのは、「デジタル赤字の解消」ではなく、「日本の強みとデジタルの融合」です。

海外のデジタルサービスをうまく活用して、付加価値の高い製品やサービスを提供できれば、デジタル赤字が拡大しても、他の分野での貿易で利益を得ることができます。そのため、日本が比較優位性を持つ分野とデジタルを組み合わせることがカギとなります。

日本の競争力を示すデータ

図表5は、日本の財やサービス輸出の競争力を示したものです。この中で「顕示比較優位性指数」という指標を用いて、各産業がどれだけ国際的に優位性を持っているかを表しています。この指数が1を超えると、その産業は他国と比較して競争力があることを意味します。日本のデジタル関連収支の分野である「通信・コンピュータ・情報サービス」や「専門・経営コンサルティングサービス」では、比較優位がないことが示されています。しかし、半導体製造装置を含む機械類や自動車などの分野では高い競争力を維持しています。

他国の事例に学ぶ:強みを生かしたデジタル活用

日本と同様に、製造業が強く、デジタル関連分野での優位性が低いドイツでは、産業分野への生成AI導入において、SiemensとMicrosoftが提携しています。両社はAIを活用したシミュレーション時間の削減や効率的なコード生成を目指しており、生産性の向上と産業用メタバースの実現を進めています。これは、Siemensの持つ制御システムの強みとMicrosoftのIT系の技術を組み合わせた事例です。

インバウンド分野でのデジタル活用

日本で活況を呈しているインバウンド(訪日外国人旅行)の分野でも、デジタル活用が効果的です。たとえば、宿泊施設を運営する陣屋グループでは、Salesforceのクラウド基盤を利用して「陣屋コネクト」を自社で開発。データの自動収集と共有によって業務効率を高め、人が強みを持つ「おもてなし」に注力する環境を整えました。さらに、このシステムを外部にも販売し、すでに500施設以上で導入されています。

「攻めのDX」の重要性

デジタルを活用し、製品やサービスの付加価値を高めるには「攻めのDX(デジタルトランスフォーメーション)」が必要です。2021年の調査によると、米国企業のDXは「新規事業の展開」や「新製品・サービスの開発」を目的とした「攻めのDX」が中心です。一方、日本企業のDXは「業務の効率化」や「既存ビジネスモデルの変革」といった「守りのDX」に偏っています。

すでに述べたように、日本のデジタル赤字の拡大を短期的に止めるのは困難です。そのため、今はデジタル赤字の拡大を受け入れ、企業や個人が不利益を被らないよう必要な規制を導入しつつ、積極的にデジタルを活用して「攻めのDX」を実現することが重要です。

まとめ デジタル赤字が増えると日本経済に悪い

もちろん、将来的にはデジタル基盤分野でも日本が強みを持つことが望ましいです。

しかし、まずは「攻めのDX」によって日本産業全体の競争力を高めることを目指し、同時に先端のデジタル基盤分野への技術投資も継続することで、中長期的な視点でデジタル赤字の解消に取り組むことが必要です。

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この記事を書いた人

株式会社シュタインズ

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